備忘録

自分のためだけに書きます

【本棚】鎌田慧『ドキュメント 屠場』

 気が向いたときにだが、読んだ本の感想もまとめておきたい。

 

ドキュメント 屠場 (岩波新書)

ドキュメント 屠場 (岩波新書)

 

 

 屠場(とじょう)とは、家畜を殺して食肉などにする屠畜場のこと。地図上にある「食肉センター」がそうだ。

 

 被差別部落と屠殺を生業とする人々の関わりを知らないと、この本に幾度となく出てくる「差別」の意味が分からないかもしれない。屠殺に関わる人が差別され不可視化される理由は、ここでは深く立ち入っていないが、「牛や豚がどうやってロースやバラになってるんやろ」という疑問は自分でも持てるわけで、それだけ生活に身近でありながら表沙汰にされていない世界ということだ。

 

 登場するのは、東京芝浦、横浜大黒町、大阪南港の屠場。それから、屠畜から加工までの機能を備える、徳島の四国日本ハムの工場だ。労働現場の業務プロセスの記述と、労働者のライフヒストリーの紹介が続く。工程は「自動車の組み立てラインを逆にしたようなもの」という表現が分かりやすい。製造業現場の取材が長い鎌田氏は、機械化が進みながらも、なお熟練の技術が求められかつ重労働であること、そして必ずしも機械化に馴染まない工程もあることを、丁寧に記述している。

 

 鎌田氏のルポを読むのはこの本が初めてだったが、現場の話を聞いて回る人だけに、どうしても労働運動の記述が多い。ただ、芝浦屠場で内臓業者が都職員の人手を穴埋めするために「タダ働き」をされていた話など、何重もの業者からなる屠場の複雑な雇用環境から生まれた問題があり、労働運動で行政の直営、労働者の直接雇用を勝ち取った歴史も分かる。その点は面白かった。

 

 屠場に勤める人たちを、職人気質で仲間意識の強い、古き良き労働者として鎌田氏は描いている。古くからの世間の差別意識、そして近年の機械化や外国産食肉への依存、そうしたものが現場の労働者を痛めつけていることへの怒りもうかがえる。鎌田氏のスタンスの是非は別として、現場に入って当事者に話を聞くというのは、やっぱり貴重なことだ。